gatos y una estudiante doctoral

猫をこよなく愛し博士修行に励む日々

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Author:riel
アメリカで博士号をとり、近々大学の助教授となります

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あけましておめでとうございます
気が着けば、長い間更新が滞っていました。 何だかあっという間に後半が過ぎた年。

10月に博士論文のプロポーザルを書き直しなしで合格。
その後大学の倫理委員会への書類の提出。 そして日本での学会出席と、
データ収集をさせてくれる方々への挨拶を済ましていたりして、あっという間に年末です。

日本は既に新年ですね。 こちらは大晦日の午前中。
大掃除をしながら、来年はどんな年となるか考え出していたら、
ここの更新を思い出しました。(笑)

来年は二つの大きな夢がかないそうな年。
ひとつは博士号をとって卒業。
もう一つは、今は秘密に。。。。って思わせぶりですね。

卒業後は、大学で教鞭もとりたいし、エージェンシーでも働きたい。 まだ五分五分な気持ち。
『教える』という事が本当に楽しくて、自分の天職だと思うようになりました。
どちらにしても、福祉関係の仕事の経験を積んでおかねばならないので、
この一月から福祉事務所で仕事をする事になりました。
前々からお誘いがあった事務所なんだけど、色々な仕事のオファーを断っていました。
博士課程と両立するには責任の思いディレクター職を一度にアプライしないかと
難民事務所の友人に誘われていたりしたのですが、これもお断りしていました。
この友人Wとは、長い間よい関係を保っていたので、
心から私の将来の職について気にかけてくれています。
お互いに困ったときは助け合える大事な関係。
改めて、人間関係を築きあげるには、長い年月が必要だと思いました。
即席な関係で、困ったときだけ人を当てにしても、誰も助けてくれないということ。

大学でソーシャルワークの教鞭をとるためには、
二年の修士後の福祉関係の仕事経験を問われますが、
ある意味これは形だけという所もあります。
その大学が本人を気に入れば、一年以内の経験の人、
否無経験の人でも雇って貰えたのを知っています。
それでも、一様卒業一年まえから経験を積んでおかねばと、今回あるプログラムのコーディネートを
させてもらうことになりました。今からとても楽しみです。

今年は念願の、博士論文ポロポーザルの合格と出版がありました。
母は長年のメニエール病を克服、
夫は、新しい職場に引き抜かれ、楽しく仕事をしています。
何より、結婚十五年を迎えた今年も、15年まえと変わらず夫婦仲が良い事が幸せな事です。
来年も、家族全員健康で、それぞれの夢が叶うようにと願います。

皆様も、良いお年を!

黙々と
黙々と、博士論文とジャーナル出版のためのアーティクルに打ち込んでいます。 学校にも、色々用事があっていくようになりました。 学校では、学友のYとSとお昼なんかを食べたりしてほっとする時間もとっています。 前回に三人で韓国サウナに行って楽しかったので、ひと段落したら又行こうといっているところです。 

ココの所、負のエネルギーに触れることが多かったため、愚痴の日記が多かった。(--;) でも、忙しいのと、プラスのエネルギーを与えてくれる人達だけとの交流で、また力が沸いてきています。

教授たちとも、良い交流ができています。 コミッティーメンバーだけではなく、外部の先生達も、私の研究内容に興味を持ってくれていて質問を受けます。 前プログラムデレクターの教授は、社会発展の研究では有名な人なのですが、大きな範囲にわたる私の研究の大変さも知っていて、励ましてくれます。 多くの人がやってこなかった研究内容であるからこそ大変だし、だけど良い内容の博士論文を書き上げれば、それはそのエリアのマスターピースになるだろうから、頑張って欲しいという事を言われました。 彼はお世辞を言う人ではないので、これには本当に感激しました。『経済的に許すのなら、少しでも長い時間をかけて、素晴らしい博士論文を書きなさい。卒業したら、こんなに時間をかけられる事はないのだから。』と時間をかけている私へのエールも贈ってくれました。 

相変わらず、チェアの教授は厳しいです。(^^) でも、親心としての厳しさをヒシヒシ感じています。 その前プログラムディレクターの教授も、私のチェアが優秀だとしっているので、その厳しさが大事だといってくれました。 

秋学期、また教える仕事も始めます! 一年ぶりなので、とても楽しみです。 教える事は楽しいばかりじゃありません。責任も大きい。 でも、それだけに病みつきになる仕事でもあります。 今度はどんな生徒にあえるか楽しみです!
厳しい~先生・ゴシップ大会
やっぱりこの夏も忙しいです。(^^) 博士論文のプロポーザル書きとジャーナルへの投稿のためのペーパーと、相変わらずマルチタスキングな状況。 秋からは教える事を再開するのと、外でのお仕事も始まる予定なので、超マルチタスキングとなる予定。 一本目のジャーナル出版がオンラインで出ました。 ちょっと感慨深いですね。 

私のチェアは厳しいことで有名。 何人かの生徒に、『へ~○○先生がチェアなの! あの先生がコンプの試験にいて、すっごい厳しくてタジタジだったよ。』と評判。 でも、彼の厳しさが生徒のためのものと知っていて、後から感謝することがあったという人もいます。 勿論、私にも超~厳しいです。 何度書き直しをしていることか。(^^) でも、彼のその厳しさについてきたから、出版もあったし、これからも出版できると自信をもてました。 わが校の博士課程はもっと厳しくあるべきと考える教授陣の一人で、学校のトップからもその姿勢をかわれている人だと思います。 親心と同じ。 今、博士課程に居るときが、厳しく指導してもらえる最後のチャンス。 一度博士になったら、誰もそんなことはしてくれない。 それを感謝するかどうかは、受けとる方の心の問題でしょう。 それを真摯に受け止められる人間でいたいと思います。

学校には殆どいかずにいます。 どうやら生徒が沢山集まる場所で、ゴシップ大会が多いのだそうです。 暇だよねぇ。 他にやること一杯あるのに。 ま、そういう事をしているのは数人のようだけど。 たまたまそこにいた友人達が、その様子を教えてくれたので、あえて近づかないようにしています。 今現在は、ある人の離婚の話題で盛り上がっているそうです。 仲の良い人達だと思っていたけど、仲の良い不利をして後ろで笑い者にしてるというのは、世の中どこでもある事なのでしょうか。 人の不幸を面白可笑しく広げる感覚が私には分からない。 というか、そんなことどうでもいいことじゃないかね。 一日中、そのゴシップ部屋で勉強もしてないで何してるんだろうか? 私と仲の良い生徒二人も、出来るだけその部屋に近づかないようにしています。 出会うときは、学校の外で会っています。 そういうネガティブなゴッシップの渦には触れたくもないわけです。 というか、もっと他に大事なやることが沢山あるわけです。

人の口に戸は建てられないといいますが、自分に尊厳があったら、『ゴッシップは言わない、聞かない』というスタンスが必要です。 どの世界にも、こういう輩はいるんだね。 そう、博士というステータスがあってもなくても人間。 

さてと、今日も一日がんばりましょう。 
人間関係は自分の鏡: カルマ
一日が過ぎるのが早い。 でもそれだけ充実している。 
博士論文のプロポーザルも予定通り進んでいる。 全てのコミッティーの教授陣と相互信頼を持てる関係を築いてきたので、今この段階でとても良いサポートをして貰えている。 チェアは総括的に色々見てくれている。 それでもあまり過保護にはされず、自立性を重視してくれる。 マイクロマネージメントされるのは好きではないので、必ずこちらから自立的に事を進め、適切なアドバイスが必要なときはこちらから話をする。 そして何よりも彼は我が校で、ここ数年一番出版している人なので、出版に関するアドバイスが何より役立っている。 本当に助けて貰っていると思う。一人の教授は知る人ぞ知るフェミニストとしての大家なので、色々なフェミニストとのつながりを作ってくれている。 フェミニスト研究者としての意見も色々きかせてくれる。 元学部長であった教授も本当にかわいがってくれる。 私の博士論文の出来上がりを本当に心から待ち望んでくれている一人。 私の研究が質的研究なので、その専門である彼女(というか、私のコミッティーは皆質的研究の専門家で、本当に一つ一つ助けてくれている)は細かくアドバイスしてくれる。 私の研究内容が社会に大きく貢献すると思ってくれている一人。 そしてそして、私の最初のチェアであった教授。 今はもっとプラクティスよりの研究をしているのだけど、彼女の質的研究の知識とやはりフェミニストとしての知識は何より心強い。 彼女とは修士のときからの関係なので、もう長年の友人のような関係。 彼女とも頻繁にあっているけれど、やはり私の博士論文の出来上がりを誰より期待してくれている人。 

大事なのは、このチェアを含めたコミッティーメンバーのハーモニーを大切にする事。 それには、一人ひとりへの心からの感謝の気持ちと、正直な付き合いが何より大事だ。 過去には教授陣同士を陰で、自分の利益のために対立させる生徒が居たらしい。 当の教授陣はそんな背後での行動をしらずに。 これは、生徒としてもだけれども、人間として一番してはいけない事。 自分を守るためや、自分の利益のために、人を対立させるなんて、人間として失格。 そういう人間として大事な部分を、大事に扱っていれば、自ずと素晴らしいコミッティーを形成できる。 じつは、卒業時にどういうコミッティーをバックにしているかは、生徒本人の人柄も反映する。 こういう人間関係も、自然とその中心人物を反映する。 

学校で、とても仲の良い友人がいわれの無い噓で嫌な想いを続けているけれど、それは私も被害にあった事があるので、兎に角関わらずに、正しい集まりの中に自分をおいていればいいと伝える。 友人も、そういう負のエネルギーばかりを抱えた人達の集まりだから、そこを離れられて良かったという(私も離れられて良かった)。 その通り、見回してみて、自分の周りにいる人間は、自分の鏡だと思えばいいと思う。 そういう意味では自分も、彼女を含め、既に卒業した友人も含め、そしてコミッティーメンバーも含め、そういう負のエネルギーを持たない人の集まりで嬉しい。 彼女も、大人しいが中身が強い人なので、何かがあれば立ち上がると思うが、彼女の人柄のせいか残った本当の友人は誰も負のエネルギーを持ち合わさない。 

人間関係って本当に自分の鏡だと思う。 そういう意味では、負のエネルギーを持ち合わせた人々が離れていくのは、自分が守られているのだと思う。 負のエネルギーとは別に暗い人の事を言うわけじゃない。 人を自分の利益のために傷つけて平気でいられるエネルギーだ。 それは佛教的に言うと、前世のカルマなんだろうと思う。 そういう負のカルマに関わる必要は無い。 負のカルマは、自分が意を決して逆行させる気がない限り、スパイラルに続く。 それはその人が今生で一人で解決しなければいけないことだから。 こちらが何もしなくても、キチンとその負の行いはその本人に反っていっている。 それがカルマ。 そして負は負のエネルギーを呼ぶ。 昔から類は友を呼ぶというが、それはカルマ的にそうだと思う。 この大切な友人を含め、学校でも周りを見ると、本当に心が綺麗な人だけが身近に残ってほっとしている。 

卒業した同期の友人で、既に大学でリサーチャーになっている二人は頻繁にメールで連絡をくれ、博士論文に向かって色々アドバイスしてくれる。 これも大事な関係。 お互いを心からサポートしあおうと思う心がある人ばかり。 そして、コミッティー以外の教授陣も、たまたま学校であうと皆様子を尋ねてくれてありがたい。 応援してくれている人がいるというのは嬉しいことだ。 でも、この信頼関係も、一日にして成ったわけではない。 長年かけて、大事に、瀬戸物を扱うように育ててきた関係。 そういう環境にいられることに感謝。 

さてと、環境は整っている。 あとは邁進するのみ。
噓が止められない人達
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【2010/06/15 11:15】 | アメリカ生活 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑

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