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猫をこよなく愛し博士修行に励む日々

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アメリカで博士号をとり、近々大学の助教授となります

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政治と経済のハザマ
元ビジネス専攻であり、80年代から90年代にかけてのバブル期に日本の外資系で働き、仕事を通して沢山の所謂ヤッピー(死語?)というNYやロンドンのCityの近くに住む友人が出来て、それこそ『お金が全て、金さえあれば何でも手に入れられる』ような幻想の世界を端っこからちょっと見せて貰った自分が、なぜ今更福祉というセカンドキャリアに変更したか。 それって、すっごい世間並みの言葉を使って言えば『幸せ』って何だっけ?というような事だった。 

その頃の東京には、『アークヒルズの夜明け』というような本にあるように、外資で働き、世界のトップで働く人達と知り合う事が勝者となる近道だというような世界があった。 日本のバブルに引き寄せられて、世界でトップという証券マン達が赤坂や六本木にはうろうろしていた。 『世界中に家を五軒もってるんだよ』というような話をする外人証券マンが殆どだった。 私も友人達を訪ねてNYやロンドンに頻繁に遊びに行ったりもしていた。 友人は全てアイビーリグ卒で、MBAかLaw School出身者。 その頃、MBAをとったばかりの人はだいたいがリーマン等への就職を希望していた。 そうすることが成功への近道だったから。 今の日本でいうなら、勝ち組への道。

それは、正しかったんだろうか? 否、正しいとか間違っているということじゃなくて、それだけが人間の『幸福』を作り上げる大事な事だったんだろうか。 そう、『お金』や『地位』だけが? そんな問いが今の自分へと方向転換させるきっかけとなった。

その時代の象徴だったリーマンが崩壊した去年、今の時代を象徴するような新しい大統領がアメリカに誕生した。 彼が黒人だということ云々より考えさせられることがあった。 彼は私と全く同じ世代。 20年前のアメリカのエリートたちはMBAをとり金融系で成功するか、Law Schoolを出て有名な法律事務所で一旗あげるかが主流だった。 その頃、同じ世代のオバマはハーバードのLaw Schoolを出てそのまま真っ直ぐ、何とスラムに入っていくわけだ。 これが、黒人云々というよりも、彼を他の誰とも違うと思わせる部分なのだ。

今のアメリカが、否日本だって、必要としている何かをオバマがもっていた。 それは長い間忘れられていた『人間の本当の幸せ』みたいなものだと思う。 政治と経済だけを語るのではなく、その間にある人間社会の幸せ。 オバマは社会主義者だという人が選挙中にいたり、現在の日本でも解雇された派遣社員たちの自己責任を追及する人がいたりするけれど、平等な権利を与えられてこなかった人々を『自己責任だ』といって切り捨ててしまって、果たして人間は、人間社会は全体として幸せになるんだろうか。 確かにこれだって時間が経ってみないと分からないことかもしれない。 でも、自分の動物的な勘がそう思わせるのだ。

世界で経済的にトップに立つ人々を見ることが出来た自分が、福祉へとすすむのはある意味パンドラの箱を開けるようなものだったのかもしれない。 でも、その箱を開けて本当に良かったと思う。 現在の日本に蔓延する『勝ち組・負け組み』の思考をもてば、負けたものは自己責任であり、努力をしなかったからしょうがないというような、人間として一番大事な何かが欠けた状態となってしまう。 人間って勝ち負けだけじゃないわけで。 そして、歳をとればとるほど、『自分の努力でコントロール出来る事』なんてほんの僅かだと理解できてくる。 誰でも明日はわからない。 大病をするかもしれない。 事故にあうかもしれない。 そして、誰もが平等に歳をとっていくのだ。 そういう事を想像できる力が無い限り、『自己責任』として弱者を攻めてしまうのかもしれない。  そういう自分も病気が原因で色々考えるようになったわけで。 

年寄りが増え、払う年金が巨額で、若い者が少ないから、日本は最悪な状態で。 だから、早く年寄りがどんどん居なくなってくれれば日本も良くなっていくという意見をネットでみるとぞっとしてしまう。 事実上それは確かかもしれないが、そこに人間として、自分もいつかは歳をとっていく人間として、違う解決策を考えようとする努力が欲しい。 国を良くしようとか、経済を立て直そうとかいうときに、政治と経済(市場)のハザマで、『人間社会』の向上も忘れないで欲しい。 それはアメリカも同じだ。 オバマの誕生は、そんな人々の願いを感じる出来事だった。

人間社会において『経済』だけが重要事項になってしまっては、人間らしい幸せを得ることが出来ない状態となってしまう。 だからこそ、高等教育には、色々な分野があるんだと思う。 それはビジネス学部なんか相当繁栄しているが、他にも大切なことがあるという人々が居るから、多種多様な学問がるのだ。 特に人間から『文化』を取り上げてしまったらどうなってしまうのだろうか? 文系はお金にならないから行かないほうがいい、それは負け組みへの道だという人が居れば、大きな歴史のなかからみれば間違いだと思う。 

あの時リーマンで働いていた友人達はどうなったのだろうか。 そしてオバマ大統領の誕生をどうみているのだろうか?
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