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猫をこよなく愛し博士修行に励む日々

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Author:riel
アメリカで博士号をとり、近々大学の助教授となります

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自他一如
福祉関係の仕事をしていたり、猫助けの仕事をしていると、相当慈愛に満ちた人だと勝手に思われてしまうことがあるけれど、そういう事を自負したくないし、そうではないと思います。 私の中での人助け猫助けは、自分があって自分の生活があってのものだと思う。 だからSmall & Close Thingsだけに関わろうと思っている。 自分には到底続けられないであろう大きな慈善行為は、責任が関わるのでいい加減な刹那無き持ちでは始められない。 ネット上では簡単に、何か事件(戦争・災害)などが起こるとその時だけの感情や、『かわいそう』という気持ちだけで動いてしまって、結局長く続かないことを見かける。 ネットであっても一度関わろうとした事柄には、とくにそこに援助を求めている人たちが待っているとしたら、かかわり続けなければいけない。 ネットで騒がれた時だけ、 沢山お金が集まったり注目が集まったりしたけど、その後がさっぱりという事を当事者から聞くことがある。 自分の生活を見渡して、できない事には相手のためにも最初から絶対手を出してはいけないのだと思う。 それがネット上で、その事柄のその後の経過のレポートだけでもいい、沢山の人を啓蒙する発言があったのなら続けていく責任がでてくる。

それでも、人助けや猫助けなどという関係の活動をしていると、偽善だと言われたりすることもある。 それはそれでいいと思う。 そう思いたい人にはそう思う自由があるのだから。 私の中では人がどう思おうと全くもってどうでもいいことで。 ほめられるのも変だし、崇められるのも変、だからその逆に『偽善だ』といわれるのも変。 何を言われても、それはその人の心の問題だから、そういう事をかまっていたりする時間がない。  その人を批判する気持ちも全く持ち合わさない。 ある意味、そういうことには無関心になった。 私がしていることを偽善だと思うのなら、その人の心の中ではそうなんだと思う。 だから、それをとやかく言う気持ちも到底無いのだ。 それはそれでRespectしたい。

自己犠牲を他愛や慈善だと思う人がいるけれど、私はそうじゃないと思う。 仏教的な考えから言えばそれは間違いで、『自他一如』という自愛と他愛が別のものとして一対となったものが、本当の慈善だと思う。 そういう『人を愛することができる自分』を愛おしく思う心が、慈善であり他愛であり自愛の心なんだと思う。 自分を大切にできない、自分を好きになれない人のそれは、自己犠牲となり長続きしなくなってしまうのだろうと思う。 

Giving is receiving.  人を愛することで、自分も沢山愛が返ってくる。 そして本当に得をしたような気持ちになる。 自他一如の心は、そんなに難しいことではないと思う。 

そのために、自分が出来る事への限界も知っておかねばならない。 心の優しい人は、『この世の中こんなに沢山悲しい出来事が起こっているのに、じゃぁ全てを助けることは出来ないのか』と鬱々としてしまうかもしれない。 でも、『自他一如』の心と『縁』を重んずる考えがあれば、それは上手に解決される。 私は『自分に縁がある』と感じる事柄のみ全力投球しようと思う。 ほかの事は、きっと他の人たちが縁を感じているだろうと、ある意味社会の中の人たちを信頼しようと思う。 動物好きだけど、特に『猫助け』に縁を感じている。 世の中の戦争や貧困全てを無くしたいけれど、自分が長い間に縁を感じているのはビルマとチベットに関する事だけ。 これは個人的な出会いや出来事がきっかけとなり続けている事、所謂『縁』というもの。 それも、大きなことをしなくてもいい、Small & Close Thingsでいいと自分で思っている。 

でも、一つ心に決めているのは、『口だけじゃなくて行動』。 人助け、動物助けを『語る』事は誰にでも出来る。 でも、それを黙って実行し続ける事は努力を必要とされる。 そして、一度始めたら、途中で休憩があったとしても続けること。なぜなら、相手は『生き物』なのだから。 その時の自分の思いつきで始めては、命ある相手も迷惑となる。 それだったら、全く関わらないほうがよっぽどマシなのだ。 
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おず
Rielさん、お久しぶりです。
私も学生の頃にいくつかボランティアをしましたが、こういうボランティアの精神というのが、まさに偽善と、日本に居たときは思いました。
それは私の考えなのか?
それとも「ボランティアをする」ということに対する、大衆の意見で、それに流されていたのか?

しかしながら、アメリカに来て、ボランティアをする自分、しない自分、その一つのことにとらわれず、したいことを、できることをすればいいという気持ちになり、ボランティアをしても、気負いすることも無くなりました。

する限りには、自分の限界も知り、責任を持ってすること、それは仕事だけではなく、ボランティアでも言えることですよね。

お母様も、少しずつ体の具合も良くなっていらっしゃるようでよかったです。精神的なものはどうしても、ステロイドなどを使っても治るものでもないですし、本当に時間を掛けるしか無いですね。

趣味を始められたとの事、それがまた何か新しいドアを開けてくれるきっかけとなりますように。
2009/04/20(月) 23:33:29 | URL | [ 編集]
リエル
おずさん、こんにちは。
日本とアメリカでのボランティア活動に対しての考えも又ちがうのでしょうか。 確かにアメリカのほうが、皆さんとても気楽にボランティアを気負わずやっていますよね。 それがいいのか悪いのかは分からないのですが、そこに助けを必要としている人がいるのなら、その数は多いほうがいいですよね。

中途半端に終わってしまったり、それこそ人の注目度が高いときだけの行動だったりすると、それこそ偽善だということになってしまうと思います。 そういう事はひそかに行われて美しいという気がします。

メニエールという病気は、これだっ!という原因がまだ分からない状態なので、それが本人も治療をしていく上でしんどいようですが、最近ではどうやらストレスとも大きな関係があるのだと気がつき、気をつけるようになりました。耳のなかの水分と関係しているとかで、それを治すお薬を試したのですが、それは合わないうようでした。 今はカイロと漢方を試しています。 メニエールに伴う耳鳴りも少し良くなっているようです。

いつもありがとうございます。 Audiologistであるおずさんの言葉は、介護にあたっている私にも安心感を与えてくれますね。 本当にありがとうございます。 気長に、ゆっくりと思います。
2009/04/23(木) 20:06:21 | URL | [ 編集]
おず
メニエールは、内耳の水分が過剰になってしまうことで起きるので、水をためやすい塩分のコントロールなどが大切になってきますが、原因はそれだけではないのでなかなかやっかいですよね。
あまりに重症な場合は、メニエールは片耳の場合が多いので、そちらの内耳を意図的に破壊してしまうという方法もありますが、それは本当に最終手段です。
お医者さんに掛かっていらっしゃるとは思いますが、やはり、患者さんを診ていても、精神的安定というのはとても重要なようで、生活が落ち着いていらっしゃる患者さんのほうが、エピソードが少なくて済むようです。

ボランティアとは奥深いものですね、本当に。でもアメリカでは、どんなレベルでもボランティアが存在していて、そこここ、大イベントなんかじゃなくてもボランティアが居て、生活の中になじんでいるというのが、素敵だと思います。
2009/04/25(土) 19:47:38 | URL | [ 編集]
リエル
いやー、初めに『耳』とバランスのお話を聞いたときはピンとこなかったんですが、色々お話を聞くうちに、耳という器官の多種多様にわたる機能にびっくりさせられました。 耳って『聴く』って事だけだと思っていて、本当に無知な自分を知らされて、良い勉強になりました。 勿論おずさんのような専門家の域に入ると、もっとディープなことを勉強されるのですよね。 専門知識の大切さを痛感します。

父の事でも、脳梗塞で嚥下障害を起こしていたのですが、素晴らしいセラピストの方についてもらって、もう少しでご飯を食べられる(フードチューブでの生活でしたので)という所まで来ていたのです。 父が嚥下のテストに合格したとき、セラピストの方と抱き合ってともに泣いて貰った事は一生忘れられないことです。 その直後になくなったのですが、彼女の専門家としての技術に驚かさせられることが多かったです。 

精神安定を図る事は私がプロとして色々母を助けようと思ってきていますが、どの職業でもそうですが、近しい人へのトリートメントには色々な意味で限界がありますね。 あとは母の治癒力を信じています。

そうそう、母は子供のとき(70年も前のこと)に中耳炎のための手術をして、それ以降左耳が聞こえない状態です。 きっとそういう事も関係あるのでしょうね。

いつも、励ましの言葉ありがとうございます!!!
2009/04/26(日) 12:06:50 | URL | [ 編集]
おず
リエルさんが書かれているとおり、本当に専門知識というのは、掘れば掘るほどに深く、そしてあり地獄のように(苦笑)吸い込まれていくもので、大変興味を掻き立てられるものであって、特にコンベンションなどに行くと、目がランランとするほどに興奮します。
耳というのは、本当に複雑で、私もAudiologyに入るまではただの聴覚器官と思っていました。こんなに小さいものがこんなにがんばってるのかと、人体の神秘に惹かれたり。
患者さんの頑張り、それに寄り添うというのは、Therapistならでは、そういう意味では、AudiologyはTherapyの域に入らないのかもしれないと思いました。
確かに、補聴器をつけたあとのRehabなども無くは無いのですが、実際やっているAudiologistは少ないのではないかと。。。
身内というのは難しいですよね。他人だからできることも、我慢できることもあったり。

中耳の手術をされているとのことですが、その後、中耳の様子を調べてもらったことはありますでしょうか?たぶんそんなことは無いと思うのですが、Oval Windowというのが、中耳の最後の骨と、内耳をつないでいるのですが、そこから内耳液が漏れることがあったりするんです。そのせいでひどい眩暈が起こることも。。。
耳鼻科で聴覚検査をしてもらうと、Tympanogramといって、鼓膜の動きを調べてくれるのですが、それで眩暈がするようでしたら、↑がかなり疑われます。
手術歴があるとのことで、ちょっと思い出しました。

お母様もリエル様も、旦那様も、まだ天候の変化が激しいですから、お体に気をつけてください!

いつもリエルさんのお姿を読んで、自分も頑張ろうと思っています。
2009/04/27(月) 00:16:36 | URL | [ 編集]
リエル
そーなんですね。 耳の構造の複雑さを見て、人間って凄いなぁと感心してしまいました。 こーんなところで体のバランスをとっているという、神秘的な事実にびっくりしました。 自分の体も知らないだけで、こういうアビリティーが沢山隠されているんだなぁって。

そうそう、父が補聴器の修正に行くクリニックのAudiologistのドクターは、海外から移住してきたという事もあり、父に特別優しくしてくれていた気がします。 ちょっと補聴器の具合が悪くて立ち寄るときも、気持ちよく、父の色々な質問に応えてくれていました。 

>そこから内耳液が漏れることがあったりするんです。そのせいでひどい眩暈が起こることも

これ、というか耳の検査全般、をきちんと母はしていないんですよね。。。。 結果はどうであれ、是非その検査を受けてみたいと思います。 日本で70年前、それも田舎での手術だったので、どんなことをされたのかも分からない状況なので、この機会にちょっと見てもらいたいと思います。

貴重な情報ありがとうございます!!! 専門家の方に、自分のブログで気安くお聞きしてしまって申し訳ないです!!! でも、おずさんに教えて頂いたこの機会に、是非検査を受けてみたいと思います。 

こちらこそ、おずさんにいつも助けられています。 ありがとうございます!
2009/04/27(月) 09:56:29 | URL | [ 編集]














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