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猫をこよなく愛し博士修行に励む日々

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Author:riel
アメリカで博士号をとり、近々大学の助教授となります

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久々の尾崎
ネットのニュースで尾崎豊の息子が尾崎の歌を歌っているという。 早速Youtubeに行ってみた。声は本当にそっくりで驚いた。
http://jp.youtube.com/watch?v=59zsvEz9kgU
ついでに、その横にリストされていた尾崎の歌を久々に聞いた。彼の歌をきくと、あっという間に十代の頃に戻れてしまう。 

彼は私よりちょっと年下だけど同世代。 彼の書く詞は、きっとその頃の尾崎のファンだったら誰でも言うように、自分の気持ちを代弁してくれるようなものだったんだろう。

『十五の夜』は、まったく自分の15の頃を彷彿させるものだった。 ちょうど高度成長期真っ只中に育っていた自分にとっては、勉強だけしてればいいという大人も理解できなかったし、生活向上のために釈迦力になっていた大人達は、子供達の心の声を聞くために立ち止まろうとはしなかった時期。 その頃の反発する子供達は、遊びたいとか、遊び半分での反抗ではなかった気がする。 きっと消化できない色々な気持ちを、どうやって大人にぶつけてよいか解らなかったのかもしれない。 

子供は大人に反抗して当たり前。 反抗しない子供のほうが私は怖い。反抗というのは別に大暴れする事とは違う。 形がどうであれ、芽生え始めた自我を大人に何とか伝えようとすることだろう。 それぞれ手段が違うだけだ。 『沈黙』だってひとつの反抗だから。 でも、大人の言うとおりになって生きていたとしても、そこにはずっと『歪』が潜在していて、『良い大人』と呼ばれる歳になってから反抗期を迎える人も少なくない。 だから反抗期を迎えるなら10代のうちにさせたほうが良いと思うのが私の自論。 サイコセラピストを目指して勉強したときも、そう思うことが多かった。

尾崎のことを、ただのジャンキーだという人も居たけど、それはまた別の話。 そういうことより、彼が代弁したまっすぐな10代の心達は、それだけで救われる事もあったのだと思う。 自我が芽生えていく過程で、色々苦しむことはマイナスにはならない。 というより、その時期にしっかり自我をDevelopしておくことは、後々の人生の歩みを力強いものにしてくれる。 それを通ってこないと、いつまでも子供で居続ける事が起こってしまうが、外から見れば既に大人なので、それは厄介な事となってしまう。 

反抗する十代の子達の親は、何も出来ないと思うかもしれないけれど、そこに『居る』という事を子供が嫌がっても続けること。 そして『何があっても私は信じているよ』というメッセージだけ送り続ければいいのだと思う。 そうすれば、必ず子供は、一段と力強くなって軌道に戻ってくる。 一段と親のありがたさも勉強して。

私が一番好きな尾崎の曲はやっぱり『僕が僕であるために』。
http://jp.youtube.com/watch?v=uqQ4vvTdvEk&feature=related
もし自分が、それが仕事でも、どういうシチュエーションでも、『少年』という人たちに出会うとき、この曲の中の少年の気持ちを、いつまでも理解できる大人でありたいと思う。
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