gatos y una estudiante doctoral

猫をこよなく愛し博士修行に励む日々

◆ プロフィール

riel

Author:riel
アメリカで博士号をとり、近々大学の助教授となります

◆ やすらぎの癒し系名言集


presented by 地球の名言

◆ 最近の記事

◆ 最近のコメント

◆ 最近のトラックバック

◆ 月別アーカイブ

◆ カテゴリー

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
バランス
ネットがらみの事件を目にすることが多い。
友人から頼まれた署名も、ネットで出会った人間が、
通りがかりの人を殺してしまったという事件に関するものだった。
秋葉原の事件も、実生活での人との交流がうまく出来ない人間が
ネットの中でも、やはり小さなことで傷ついて、何人という人を殺してしまった。

いや、やっぱりバランスだと思うんだね。
ネットで友達増やすのもいいし、仮想の社会のなかで楽しむのもいい。
でも、それはやっぱり、実社会あっての世界なのだから。
実社会での人間関係が築けないのに、ネットで何十人と交流することも
何かそこに歪も感じるし、バランスの無さを感じてしまう。

人間って、子供のときから社会人になってもずっと、
人と交わることで、傷ついたり、反省したり、成長したりするんじゃないかな。
私は18のときから働いていたから、
職場での嫌な人間関係は、散々見せられてきたし、経験もした。
嫌な思いも沢山してきたけど、だからこそ成長する自分もいる。

ネットだと、嫌な人だったり、傷ついたりしたら、さっと消えてしまえばいいわけで。
下手したら、ただ『意見が違う』ということだけで簡単にサヨナラできる場所。
つまり、そこそこ自分と同じ雰囲気を持った人とだけ付き合える場所。
もちろん、そういう癒しの場所があってもいいけど、やっぱりバランスだ。
実社会では逃げたくても逃げられない関係も沢山あって。
だからこそ、そのどろどろの中で強くなれたり、処世術をおぼえたり、学べたりする。
年とってから、あぁあの人が言っていた忠告はこういう事だったと思い出せる。
自分に耳さわりの良いことだけ聞いていたら、そういうことは無いわけで。

ネットでしか知らない人の言葉で勝手に傷ついてしまうのもおかしい。
字面では、中々その人の本意が分からないことが多いのに。
顔の表情や、体温を近くに感じる距離での空気とか、
そんなもので、文字面にするとネガティブなことが、
実はまったく毒の無いものと言うことだって多々あるのだと思う。
私もそんなつもりじゃないことを誤解されてしまい、
深い部分も聞いてもらえないまま、長々メールでお説教されてしまったこともある。
でも結局、ネットで出会ったくらいで、
本当の自分のほんの一部しか知らない人の言葉だから
やっぱり、こちらも長々気にすることもなく、さらっと終わってしまう経験もある。
(きっと、その人とも顔を合わせて話せれば、
 お互いの誤解が簡単に解けたのかもしれない。)

でも、実際顔を合わせたら、そうは行かないし、
人にお説教しようとおもったら、する方も相手のことを考えて慎重にもなる。
言われるほうも、自分の本意を理解してもらおうと必死になる。
それが、本当の人間関係であり、バーチャルな関係には起こらないこと。
人間関係は瀬戸物のようなものだと思う。
大事に大事に扱っていかなければいけない。
大事に扱うためには、簡単に切ったりもできないし、
簡単に相手の心情を早合点して忠告もできない。

と、長々書いてしまったが、何だか違うんじゃないだろうか?と思うニュースが多い。
何であったこともない人を信頼して、一緒に犯罪起こせるのだろうか?
ネットを、ちょっとした生活の小さな一部として、ソーシャライズに使うのはいいが、
それが全てになってしまったり、メジャーになってしまったのでは本末転倒だ。
スポンサーサイト
おず
Rielさんの言わんとしていること、とても心に染みました。
ネットだと感情も両極端に動きがち。
そして自分のその感情に自分が振り回され、事の真相、話の内容を、ともすれば色眼鏡を掛けたまま読み、信じてしまいがち。
いつの時代でも、やはり実際の出会い、実際のかかわりというものがあってのネットという「道具」であるべきで、ネットだけが人間関係の基本であってはやはり危険ですね。
今こんな時代だからこそ、本当は本来の関係の大切さに気付かなくてはいけないのかもしれません。
2008/10/26(日) 21:46:53 | URL | [ 編集]
リエル
おずさん、
何だか変な事件が多くて、あったこともない人を平気で中傷したり、
それも、あったことの無いほかの人たちと一緒になって。
今度は中傷どころか、殺してしまったり。

ネットの社会でも、実社会でも、
誰かを判断するのに、ほかの人から聞いた話しで判断してはいけないと思うんですよね。 自分が自分の目で見て耳で聞いて判断すること。 『自己判断』って難しいことだけど、後悔しないためには必要。

それがネット上だけのことで、一喜一憂してしまうのもやっぱりおかしい。
ネットの言葉上だけのことで、人をジャッジしてしまうのも傲慢。

ネットも楽しいし、良い活用法はいっぱいあるけど、
実社会からの『逃避場所』にしてしまっては、間違っていると思います。

もっと体温を感じるお付き合いが出来る社会に戻っていくべきだと思えます。
2008/10/28(火) 10:24:21 | URL | [ 編集]
おず
表現として正しいかは分かりませんが、人間不器用だったり不便な方が、実は幸せなのかもしれないと思ったりします。
脳みそを一生懸命使って、あーでもない、こーでもないといって、工夫をする。時間が掛かる。忍耐力が掛かる。
何もかも時間、スピードこそが命という世の中になって久しいですが、今だからこそ、ふと振り返り、いや待てよ、と言える勇気、立ち止まって周りを見渡せる勇気が必要なのかもしれません。
だからこそ、アメリカではよりホリスティックなものが注目を浴び、スローライフに焦点が当てられてきて居るのかも。
普通の間違いを起せない世の中は怖いです。
2008/10/28(火) 23:04:58 | URL | [ 編集]
リエル
本当に今の世の中はスピードが問われる事が多いですよね。 ふと気がつくと、家族との時間も失われていたり。 私も父がなくなって、もっと家族と過ごす時間の大切さを思い知らされました。 明日は分からないんだと思えたら、今目の前にいる家族との交流は何ものにも変えがたいから。 

私も不器用者の典型です。 この歳で博士課程ですから。 でも、この歳で、色々経験してきたことが、実はすっごく今の研究に役立っているんですよ。 経験は、特に物事を概念化する事に本当に役立ちました。 二十年まえの自分では考え付かない事も考えられるのだと思えます。 いいんですね、ゆっくりで。 焦らず、一歩一歩自分で納得して進まないと、後からこけちゃいそうだし。(笑)
2008/10/29(水) 23:04:37 | URL | [ 編集]














管理者にだけ表示を許可する


トラックバックURL:

◆ ブログ内検索

◆ RSSフィード

◆ リンク

このブログをリンクに追加する


copyright gatos y una estudiante doctoral all rights reserved. powered by FC2ブログ. designed by コーチングブログ.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。