gatos y una estudiante doctoral

猫をこよなく愛し博士修行に励む日々

◆ プロフィール

riel

Author:riel
アメリカで博士号をとり、近々大学の助教授となります

◆ やすらぎの癒し系名言集


presented by 地球の名言

◆ 最近の記事

◆ 最近のコメント

◆ 最近のトラックバック

◆ 月別アーカイブ

◆ カテゴリー

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
対等で居るという事
先回の日記の続きです。
アメリカ文化やアメリカ人を理解しようとするという事は、
決して、相手に屈するという事でもありません。

ちょっと分かりにくい書き方を前回しておりましたが、
あえて言えば、その逆になるのだと思います。
相手に理解してもらいたいのなら、相手を理解してから。
しかし、世の中には、どんなに理解しようとしても
相手側が理解してくれない事も多々あります。
だからといって、媚びるなんて事は一番避けたい事です。
つまり、劣等感を意識して持たないこと。
そのためにこそ、アメリカ人の悪口、つまり『陰口』を言わないという事。
『陰口』は読んで字のごとく、陰でコソコソ言うという事。

つまり、陰でコソコソとアメリカ人の事を言い続けているのではなく、
言いたいことがあるのなら、アメリカ人の伝えてみる事でしょう。
同じ穴の狢の中で陰口大会をしても何にもならない、
言いたいのなら、正々堂々と、その本人の前でいう事。

話はちょっと違いますが、私の学校に犬のブリーダーをしている人がいます、
私は野良猫のレスキュー活動をしているので、ブリーダーには反対。
繁殖した命を売る前に、保健所で死んでいく何十万という犬猫を救って欲しい。
動物の命の話になった時、彼女は私に彼女のJustificationを伝えてくるし、
私も、自分がどうしてブリーダーに反対なのかも伝えます。
それでいても喧嘩にはなりませんし、普段は本当に仲良しです。
お互い、攻撃し合いたいのではなく、相手の意見を理解しようと
正面からコミュニケートしようとしているからではないでしょうか。
未だに、意見は交わらずにいますが、努力は続けるつもりです。
『違う相手』と出会った時、陰口を言い続けたり、
攻撃的な言葉だけぶつけたり、中傷をしたり、皮肉ったりするのは無意味。
忍耐強く、どうして意見が違うのかを探っていく事から始まると思います。
そうでなければ、全く解決の道に進めません。
相手に言える状況じゃなかったり、色々な理由でいえないときは、
パッと、陰口もやめること、そして違う改善策を模索していく事に
エネルギーを注ぐこと、これが何より自分のためになる。

日本人として、日本という国に疑問を抱く時は、日本人にメッセージを送る。
アメリカに住む日本人として、アメリカ人に何かを言いたい時は、
正々堂々と、アメリカ人に向けてメッセージを送る。
アメリカに住むマイノリティーとしては、
正々堂々と、メジャリティーの人達にメッセージを送る。
実はこの三つ目のマイノリティーとして正々堂々とメッセージを送ることが、
私がアメリカで博士号を必要とする最大の理由だし、
博士号と自分の研究がその道具となるのです。
自分が日本人として劣等感は持たないし、アメリカと言う国に居れば居るほど、
『I am Japanese and proud of it!』という気持ちが増してきます。
(実際これを、よくアメリカ人の前で使いますが)
だからこそ、陰でコソコソと言っているのでは無くて、
正面きって、アメリカ人に対しておかしい事はおかしいと、
きちんとしたタイミングに伝えるべきなのだと思います。

逆に、陰ではあんなにアメリカ人をボロクソにいっているのに、
アメリカ人を前にすると何も言えないというのは最悪の状況です。
それはきっと、自分のアイデンティティーへの冒涜かもしれません。
自分を、そして自分のアイデンティティーをProudするのであれば、
胸をはって、孤高な立場になろうとも、相手に真実を伝えるべきです。

実際私は修士の時のインターン先で、アジア人である自分と
アジア人であるクライアントを守り抜く為に、
そして、そのプライドを守り抜く為に、孤立して戦いました。
詳しくはお話できない事なのですが、
『アジア人なのに、言い返してくる。 
 アジア人だったら黙ってぺこぺこしてればいい。』
という壁を打ち砕く為に、闘い続けた事がありました。

正々堂々と、自分に自信を持ち、相手に真実を伝えていくという事、
それは恐ろしく孤独を感じることもあったり、
陰で色々言っている方が楽なときもあるわけですが、
誰の為でもない、自分のためにそうありたいと思うのです。
スポンサーサイト
hana
こんにちは。私もミネソタに留学したてのころ、留学生とアメリカやアメリカ人のことを悪く言っていた時期があります^^;特にアメリカに行ってすぐに911テロがあったので、ほぼ90パーセントが白人という大学のキャンパスでは、留学生は特に孤立しがちで、アメリカ人との溝も感じたし、実際に衝突があったこともありました。
それでも、2年目にはアメリカ人の友人も多くなり、自分が日本人であることと同時に人種の違いや、自分がアジア人として見られることはどういうことなのか、というのを認識し始めると、自分自身、意識せずに白人に同化しようとしていたことに気づきました。

それからは、サンフランシスコに来たことも大いに影響していると思いますが、もっと自分のアイデンティティを意識して、日本人であること、アジア人であることに誇りを持てるようになったし、もっと人種的にも文化的にも多様な友達ができたことで刺激を受けたなあと思います。

自分が日本人であるということについても、いろんな人の立場があるということが分かってきて日本人としての責任を感じるようになりました。アメリカではマイノリティだけれど、日本ではマジョリティですから、アメリカに来て考えさせられたことはとても多いです。
2007/12/03(月) 14:08:40 | URL | [ 編集]
riel
hanaさん、コメントありがとうございます。
そうですね、留学生なら誰でも通る道なんだと思います。 特に日本という比較的セグリゲートされた国から来たので、違う文化に触れる事もそうそう無く生きてきたわけで、それこそカルチャーショックそのものでした。マイノリティーという立場になったのも初めてで、上辺だけではなく初めて在韓の人々の気持ちがわかった気がします。 最初のうちは、そういう不安感やショックを、アメリカ人への怒りにシフトしていたのでしょうね。

アメリカという国のシステムには多いに反論すべきだし、そのシステムの歴史や文化背景に疑問をもつならば、それもやはり追及すべきだと思います。 

白人や白人社会への同化、若しくはメインストリーム社会へのAcculturationという事は、私の研究にも少し関わってくるのですが、移民世代によって色々な意見や思考もあって、考えさせラれル事がおおいです。 Hanaさんが仰るとおり、自分のアイデンティティーをしっかり持てるようになれば、相手に『同化』せずとも、相手と共存する事はできるわけですよね。 自分と違う相手に敬意をはらいつつ、でも何時も『自分が日本人であること』への誇りを色々な形でコミュニケートできれば良いなと思います。 相手に敬意を払うだけではなく、相手に『Demande respect』を良い意味、良い形で続けなければならないと思うので、コミュニケーションは何より大切だと思います。

Hanaさんのジャーナルのなかに、本当に共感する事が多いです。 Hanaさんは、アメリカでのOppressedされた人々へきちんとした意見もお持ちだし、日本でのOppressedされた人々の事件へもきちんと目を向けている。 Biasされてない冷静な意見が聞ける場所ですね。 これからも、楽しみにしています!
2007/12/04(火) 11:36:20 | URL | [ 編集]














管理者にだけ表示を許可する


トラックバックURL:

◆ ブログ内検索

◆ RSSフィード

◆ リンク

このブログをリンクに追加する


copyright gatos y una estudiante doctoral all rights reserved. powered by FC2ブログ. designed by コーチングブログ.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。