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猫をこよなく愛し博士修行に励む日々

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Author:riel
アメリカで博士号をとり、近々大学の助教授となります

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生徒のレッテル・嘘をつく家族
珍しく雨つづきのテキサスです。 でも、こういうときは『雨の日には雨の日を』という言葉を思い出します。 雨の日を楽しむ事を考えたりして。 そうするだけで結構気持ちが晴れやかになったりします。

学校の方は相変わらず忙しい状態。 教えることにだけ時間を費やさないためもあり、チェアから与えられたプロジェクトや、他の教授とのプロジェクトを抱えて頑張っています。 『教える』ことも本当に毎週新しい経験をしています。 そしてその『教える』ということの奥の深さも感じています。 そう、教える方も実は教えられているということ。 生徒だけではなく、自分も成長しているのでしょう。 生徒達の『解った!』という瞬間に立ち会えることが一番嬉しいことです。 修士の学生を教える事は大変でしょうという人もいるのだけど、それはその人によるんじゃないかな。 友人の旦那さんにも、バチェラーとマスターどちらが良いとかという事はないねと助言を頂いていたのですが、本当にその通りだと思います。 どちらも違う意味で醍醐味があるでしょう。 修士の生徒は歳をとっているだけに文句ばかり言うという間違った噂を流している人も居ますが、それは多分自分の経験から来ているのでしょう。 両方教えておくほうが、将来のためになるのは確かだと思います。 そして、その時、そのセメスター、そのクラスによって個性は色々違ってくるのも確か。  変に生徒を枠でくくらずに、生徒にレッテルを貼らず、どの生徒でも、誠心誠意をもって教えれば伝わるものは伝わると思います。

話は変わるのですが、友人が立て続けに離婚の危機に立たされていたりします。 どちらも相手の『嘘』が原因。 子供もいるだけに本当に切ない。 色々な心の病気を抱えている人がいて、それをサポートする事は友人としてだったり、家族として必然的なこと。 でも、それも心の病気の種類によるのだと、Mental Healthを勉強した経験から思います。 『嘘つき』という病気は簡単に治らない。 病的に嘘をついてしまう、つまり普段の生活のなかで淡々と嘘をついてしまう病気は治らないケースが多い。 そして、よく言われているのだけど『嘘つき』の対処方は、嘘をついたその時にとことん指摘しない限り、上手く逃げられてしまう。 しかし、日常的嘘つきと関わるという事は、相当のエネルギーが吸い取られていくのも確か。 家族はいつかは治るだろうと期待するのだけど、それはまず難しい。 私が出来る嘘つきの家族や友人が居る人へのアドバイスは、『嘘をつくチャンスを与えないこと』、つまり『接触』を持たないことしかない。 

私も『嘘をつく』人を助けようとした経験があるのですが、これは自分の方が頭がおかしくなる経験でした。 だから、嘘つきとはなるべく接触しないというのは、知識と経験両方から来るアドバイス。 嘘にも色々な形がある。 私が経験したのは、『自分の弱さ』を隠すために嘘をつき続ける人。 人間、弱くてもいいと思うんです。 特に若いうちは、経験が足りないだけ弱い部分があって当たり前。 しかし、『弱い』のに『競争心』が人一倍だったその人は、自分の弱さを隠すために、誰にでもバレテしまう嘘を繰り返す人だった。 可哀想だと思い助けてあげても、その親切心にも又嘘で返されてしまう。 既にばれているような嘘でも、つき続けなければいけないその病気に、哀れみもあいまって、『助ける事』がかえってその人の病気を悪くすると思い距離を置くようにしました。 でも、こういう病的嘘つきの人はちゃんと、次から次へと『パラサイト』する誰かを見つけるのが得意です。 根本は『現実と向き合うことが出来ない弱さ』から来ている病気なので、一人で居るときは特徴としてとても臆病でいるのですが、パラサイトする対象、そして嘘を信じてくれる人、そしてその嘘をも受け入れてパラサイトさせ続けるEnablerを見つけると、水を得た魚のように行き成り『肩をはって』歩き出したりします。 
Mental Health の授業のときも、数人の教授達から同じ事を聞いていました。 色々な心の病気があるかれど、周りが困憊させてしまうのは『病的うそつき』。 どうでもいいことまで、嘘をついてしか生きていけない。 その嘘はピンキリ。 肩書きや経歴を平気で査証してしまう事や、最悪自分の身を守るために、第三者に嘘をついて、平気で人を陥れてしまう可能性もあります。 そういう卑怯なことも、嘘を軽くつけるのと同じレベルでできてしまう。 

そんな人を家族にもった友人達にアドバイスできることは、いつまでもその人と一緒に居ても、変わることは無いだろうという事。 そして、一緒に居ても自分の方が頭がおかしくなるということ。 決してEnablerにならない事、つまり嘘をついていると知ったら、その瞬間に指摘するか、後は嘘をつくる機会を与えないこと。 ということで、接触を持たないことが一番。 嘘つきは簡単に治る病気ではないと思います。 それでも一緒に歩いていく覚悟があるなら、Enablerとして寄り添っていくしかないでしょう。 きついアドバイスだけど、それしか言って上げられませんでした。 家族に嘘を疲れたという事実だけで、相当のショックだったと思います。 

本当に、子供も関わっているだけに切ないことでした。 アメリカ人といえでも、シングルマザーになり生きていくことは大変なこと。 まずは、嘘をつかれたことのトラウマの解消が必要です。 そして、自立への道。 自分が出来る事は少しでも応援してあげたいと思います。
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孤独なピーターパン
マイケル・ジャクソンの訃報。 ちょっとにわかには信じられないショック。 彼ほどビッグになると、世界中の人が、彼の曲に思い出を持っているんだろう。 そこに自分の過去の思い出を重ねてみたりして。

私も勿論そう。 同世代というだけで、ショックは大きかった。 昔中学生のときに聞いたエルビスの訃報は、まだ自分にそう思いでもない歳だったので『へー』という程度だったけど。 

ジャクソン5の頃のリトルマイケルの愛らしさは知ってはいたけど、彼の才能を本当に知ったのは、ディスコで初めて聞いた『OFF THE WALL』。 踊りが大好きだった時期で、そのDanceableで大人な感じのチューンに酔いしれていたりした。 そして、『ROCK WITH YOU』。 この二つを聞くと一気に十代の自分にさかのぼる。 

彼のエンターテーナーとしての才能。 でも、それを全てキャンセルしてしまうほどのスキャンダル。 彼の割合新しい曲『Childhood』に、彼の心の問題が沢山表現されていると思う。 子供の頃の虐待。 子供として生きることが許されなかった子供時代。 それを、大人になってからネバーネバーランドで実現したかったんだろう。 

それが健全な大人として許されないことなんだと分かることが出来ない程の心の闇があったんだろう。 そして、それはおかしい事なんだと真実を伝えてくれる友人が居なかったんだろう。 ご機嫌取りのために、真実は語らない人たちは多く居ても。 裸の王様。 何て何てナイーブな人だったんだろうと思う。  子供の頃から抱えた心の病気を解決する何かのヘルプを誰かが導いてあげていたなら。 そういう問題は、キチンとFaceするしか解決しない。 逃げていても全く解決しない。 逃げ切ったと思っても、必ず後から又顔をだしてくる。

そして、その彼のナイーブさを逆手に取るマネーサッカーが五万と列を作って並んでいたんだろう。 常識を考えて、自分の子供をシングルの大人の男、しかも他人の所にお泊りさせるのはおかしい事じゃないだろうか。 そして訴訟。 そんな事何度もされても、同じことを繰り返すピーターパン。 (勿論、彼が本当に虐待をしていたのら、どういう事情でも許されることではないけれど)

きらびやかな世界で生きていた傍ら、彼本人もインタビューで応えている通り、孤独だったのだろう。 

今は、安らかに、本当の意味でネバーネバーランドで魂を休めて欲しいと願います。 
種(因)と芽吹(果)
WRD1 WRD2

なんだかんだ色々起こっています。

6月20日はWorld Refugee Dayでした。 私も主催者側にたって、その日のイベントを楽しんできました。 民族舞踊や音楽の紹介や、手作りの民芸品の販売。 地元の人たちも集まってくれて、難民の人たちとコミュニティーの交流が出来たのは良いことだと思います。 

そのイベントで、もう五年以上も知り合いの一人のケースワーカーに、『難民・移民関係の研究をする事が合ったら、ただ自分の部屋に篭って数字を追うだけの研究者にならないでほしい。 ちゃんと私達一人一人を見て欲しい。 貴女には、私達の事を直接知ろうとする事も無く、理論だけを学ぼうとする研究者になって欲しくない。』という事を言われました。 とても重たい重たい言葉です。 この言葉、きついけど真実の言葉。 いつまでも胸に焼き付けていたいと思います。 お互いが信頼している友人だからこそ、ココまで言ってくれたのだと思います。 特にソーシャルワークという分野の研究者は、彼女が言うとおりでなればいけないと思います。 私を信じて、大事な事を伝えてくれた彼女に感謝。

又、何年か前のクライアントの結婚式にも招待されました。 彼女が通ってきた道筋を思い出し、幸せな結婚を迎えた日は、その花嫁姿をみて胸が一杯になりました。 私とそう歳がかわらない彼女に、『あなたは私のアメリカの親です』と式で言われたときは、感動で涙がでました。 そんな事をおもってっくれた彼女に感謝。

博士課程最初の学期で仲良くなった韓国人の友人。 他の州の大学で修士を取り直してと移転していった彼女が無事卒業。 博士課程に入る前に、キチンとソーシャルワーカーとして仕事の経験が欲しいと言っていた。 貴女は『私のお姉さん』だから、卒業式に来て欲しいと電話があったときに、自分がしたかった仕事も取れたとおしえてくれた。 これもまた、そういう風に私を思ってくれた彼女の気持ちに感謝。

自分が巻いた『Small & Close Things』の種が少しは芽を吹き出しているような気がします。 

私は輪廻転生を信じます。 それは理屈云々ではなく。 そして全て起こることは必然であり、人間は与えられた人間関係のなかで学んでいく生き物。 そして、自分が蒔いた種は、ちゃんと自分に戻って来るという事。 それは良くも悪くも。 だから、この人どうしてこんな事平気で出来るんだろうと思う人に出会ったときは、いつもこう思います。 『誰のせいでもない、その悪い種はちゃんとその人に返っていく』ということ。 自分を律するときもそうです。 『弱い心』は、利己的となり、自分の利益のために正しくないこともしてしまいがち。 だから、『強くなりたい』という想いはいつも胸に抱いていたい。 

あまりにも有名なアメリカの精神医学者であるワイス博士の『魂の伴侶』という本を読むと、そんな因果応報の仕組みが手に取るようにわかります。 彼に直接NYでお話を伺うことがあったのですが、彼が言っていることの真実味を一段とその人柄から感じる事がありました。 

誰のためでもない、結局は自分のために、『良い種』だけを蒔いていけたらと思います。 それはとても難しいことだと思います。 何故なら、悪い種は利己的であるがために蒔くのは簡単で、良い種は利他的であるがために蒔くのが大変だから。 でもそれが因果となっていくのであれば、努力をしてそうしたいと思います。 そして、その結果周りの人々に少しでも自分の『Small & Close Things』の芽が息吹けば、これもまた在りがたいことだと思います。 そういうチャンスを与えてくれる周りの人々との出会いに感謝。 
バッチフラワーレメディー
猫助けを通して、長年親しくしていただいているマミさんが、バッチフラワーエッセンスのオンラインショップを開かれました。 バッチフラワーエッセンスは私もNY時代から、移動のときに緊張してしまう猫たちに『レスキューレメディー』を使用していました。 その効用は知っていたり、アメリカではWholefoodsなどの自然食品専門店で扱っているので目にする事もおおかったりしていたのですが、ライセンスを取られる予定のマミさんのブログを読むまでは、どこかハッキリそれが何なのかも知らずに居た気がします。 バッチフラワーエッセンスとは何なのか。。。。マミさんのサイトからちょっと抜粋させて頂きます。

バッチフラワーレメディって何?
バッチフラワーレメディは、心の平安を取り戻したり、否定的な感情に対処するための野の花や草木などから作られた癒しのシステムで、イギリスの医師であり細菌学者でもあったバッチ博士によって1936年に完成されました。お花の持つエネルギーが、人々の魂に働きかけ、心のゆがみを整えて、穏やかにバランスを取り戻していくことを手伝ってくれます。直接からだの症状に働きかけることはありませんが、心の状態が改善することによって、本来備わっている自然治癒力をもたらし、心身の健康を導きます。
(http://flowerfairy.ocnk.net/)

西洋医学のお薬と違い、副作用もなく、気軽に使える所がいいですね。 猫達とNYからRVで引越しをしてきたときに、レスキューレメディーを使ってよかったという経験があります。 動物や小さな子供でも安心して使えるのは助かりますね。

マミさん個人のブログ(Mixiのミラーサイト)でも、色々心のお話が登場します。 
介護者の心
俳優の夫がアルツハイマーになった女優の介護をしている日々を、ドキュメンタリーで見ることがあった。 そして私とそう年代が変わらない清水由貴子さんが母親の介護疲れで自らの命を絶ったニュースもみた。 『介護』は今、誰にとっても他人ごとではなかったりする。 その俳優の夫が、『ふと、もういいかっ』と思う瞬間があると、自殺した清水さんの気持ちを擁護する場面があった。 その気持ちも本当だと思う。 介護はきれいごとじゃないから。 それでも、出来ればきれい事にしたいのも人情。 出来れば、そのネガティブな部分だけを浮き彫りにはしたくないし、何とか楽しい介護をしたいと思うのも本当。

どっちも本当なんだよね。 何とか頑張って楽しくやりたいと思う気持ちも、もう辛いなぁと思う瞬間も。 幸い私はそこまで辛いと感じることはなかったけれど、でも楽しいことばかりじゃなかった。 だからこそ、前向きに努力して楽しくしようと思った。 それは、沢山の助けを受けることも出来たから。 サポートグループに顔を出したこともあった。 『自分と同じことで辛いことを経験している人が他にもいるんだ』と分かるだけでも、どれだけほっとするか。 『一人じゃない』という気持ちを持てると、また次の日から頑張れるんだよね。

死んでしまったら何にもならないんだよね。 日本で言う介護保険なんかは、出来れば介護者のカウンセリングや、サポートグループへの出席などにも積極的に使えるとどれだけ良いことかと思う。 日本ではカウンセリングを安く受けられる福祉施設などがあまり無いらしく、認知行動療法などが効果があると分かっていても、患者一人にそんなに時間がかけられないということで、結局抗鬱剤を処方しておしまいという事が多いという事らしい。 認知行動療法は、抗鬱剤と同じ効果があるという研究結果もでている。 カウンセリングに行くという事を未だ避けたがる人が多いときくが、一人では解決できない事とか、問題を放っておくとネガティブなスパイラルで鬱が強くなる一方なんていうときには、必須だと思う。 (と、これは自分が専門に勉強したことなので、信念をもって推薦できる。)

友達に愚痴ることには限度があるし、愚痴というのは相手を見極めないと、とんでもない方向に発展することもある。 だからこそ、守秘義務を慮る専門家の助けは受けるべきだと思う。 

私の父が入院しているとき、私は大抵のお見舞いはお断りした。 特に脳梗塞後の父はこん睡状態であり、まるで別人のようだったから。 人一倍身だしなみは気にする父だっただけに、彼のDignityを守るためにも、来て頂いた友人は看護婦さんの経験がある人だけ。 そういう状況になれている人だけ。 そして、病院外部の人でありながらも専門知識を持つ彼女達の言葉は、私自身勇気をもらうことが多かった。 日々の看病と学校の勉強をしながらだったので、疲れることは頻繁だったけど、医療をしっている人たちからの言葉は父も私もどれだけ救われる事だったか。 普通の友達にはこぼせない愚痴だって、彼女達にはこぼすことが出来た。 それは、相手がエモーショナルなだけの返事をくれる事はないと分かっていたから。 

カウンセリングも同じことなんだね。 友達への愚痴だったら堂々めぐりで終わってしまい、愚痴をこぼしたことへの嫌悪感も出てきたりもする。 だけれども、週に一回でも、『そこにいけば、肩の荷をおろせて、客観的かつ建設的な解決法が得られる』という場所が介護者にあったら、どれだけの『一瞬、もういっかっ』という間がさした気持ちを消去してくれるだろうかと思う。 介護を一人で背負い込まないためにも、そういう場所を介護者に低料金で与えるシステムが出来たらいいなと思う。 

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